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道草

レヴィナスの「全体性と無限」マルクスの「資本論フロイトの「夢判断」プルースト失われた時を求めて」など鞄に詰め込んで読む。

レヴィナス。同と他が出逢うときに存在が現れるのであって同という存在から他を見るのではないこと。他者との出逢いの瞬間に存在が明らかになる。これはマルクスの商品と貨幣の交換に似ている。労働力の結晶である商品が貨幣になるとき、労働力の抽象化がなされ一旦商品という存在形態をやめる。そこから命がけの飛躍を経て貨幣にたどり着く。貨幣になるまでに一旦存在が無くなる。レヴィナスの存在の瞬間的な現れを彷彿させる。他者は裸で存在をそれ自身照らしているというアイデアは面白い。誤読かもしれないが感動したのだから一応書いておく。ハイディガーの存在論と違い、他者を絶対的なものと見る。読んでいるうちに自分の存在が定まらず主体そのものを動かされる印象がある。